支流での気づきの第四弾です。
kyousituchallenge.hatenablog.jp
kyousituchallenge.hatenablog.jp
kyousituchallenge.hatenablog.jp
今回のものは前回のものと関連がありますので、
学年で学級システムを統一することはよく見られる光景です。 日直や給食当番等です。指導を統一しよう、 差を生まないようにするというのは悪いことではありません。 現在の学級経営は成功しなくてもいいですが、 失敗するということは避けなくてはなりません。 一つの失敗が命取りになってしまうことも多々あります。だから、 なるべく失敗しないように思いを巡らせます。
さて、当たり前のことではありますが確認しておきます。 教師には一人ひとり個性があります。これは自明のことです。 だから、 どうしても担任の教師の個性がその教師のいる学級に影響します。 これは多かれ少なかれどの教師も影響を与えています。 小学校では基本的には学級担任制なので、 担任の教師の影響が大きくなります。
だからか、同じシステムを採用しているにも関わらず、 同じようにならないのです。 この学級とあの学級では明らかに何かが違うのです。 言語化できることもあれば、 言語化しにくい雰囲気のようなものもあります。だけど、 教室を覗いてみると、 教室に入ってみると明らかに何かが違うことを感じるのです。
僕は何もこの違いが悪いと思っているわけではありません。 至極当然のことだろうな、と感じています。 別にそれぞれの個性が違うことで、 とてつもなく不利益が生じているわけではないからです。 そう感じられるのも、僕が小学校教師だからかもしれません。 中学校のように教科担任制だと、 もっと統一感がある方がいいのかもれません。 これはあくまでも想像なのですが。
こういう視点で複数の学級を見比べてみるとおもしろい。「 ここまで合わせているんだ!」「ここは違うのに、 あそこは合わせるんだ」「こんなに違うんだ!」等、 いろいろな気づきます。そして、 僕だったらこうするや僕だったらこれを取り入れようという考えも 出てきます。こんなことを考えながら複数を見ています。 これも複数の学級に入ることができるからこそゆっくり考えられる のです。やっぱり役得だな、と思っています。