小さな教室からの挑戦

小さな教室でのささやかな挑戦を書き綴ります。

ザッソウのススメ

 ザッソウとは、道端に生えている雑草のことではない。職場でのコミュニケーションのことである。でも、著者はきっと雑草に着想を得たのだとは思う。なぜなら、章の初めに雑草がテーマの本の内容が紹介されているから。この紹介を見ていると、「この本を読んでみたいな」と感じる。いつか手に取ってみよう、と思っている。いちおう、この本のリンクも貼っておきます。

 話を戻そう。ザッソウとはコミュニケーションのことである。著者はザッソウについて以下のように説明している。

私たちは、雑談と相談を分けて考えずに、「ザッソウ」と呼ぶことにしました。

ザッソウとは、職場で行われる気軽な相談であり、はたから見ると雑談のようにも見える「対話」です。

  職員室でザッソウが起きているだろうか。上手くいっている学年や関係がよい教師の間ではザッソウが生まれている。仕事のことだけでなく、プライベートであることも話されている。僕がいい関係だな、と感じた時もザッソウが生まれていた。雑談もあり、相談もありということ。

 ザッソウを行うことで「心理的安全性」が高まる。もちろん、職員室は仲良しグループの集まりではない。だから、仕事のことだけ考えていればいい、そのための最低限のコミュニケーションさえあればいいという考えもあるでしょう。

 しかし、効率化していけば成果が上がるという簡単な構造ではない。なぜなら、その仕事は一人でできるものではないから。小学校では学級担任制がほとんどです。だから、学級担任である自分ができていればそれで成果が上がる、と思うことができます。確かに担任が丸抱えできる、してしまう構造となっています。だからこそ、やりがいを感じやすいという側面もあります。

 さて、その教師の学級の成果が出るのはよいことでしょう。だけど、横の学級の成果が上がっていなくてもいいですか。もっと言うと、自分と同じ学年でない学級の成果が上がっていなくてもいいですか。「はい、いいです!」と言い切る人は少ないと思いますが、そこまで考える余裕がないのが実情かもしれません。でも、それではジリ貧になっていくのではないだろうか。回りまわって自分の学級の成果にも悪影響を及ぼすのではないだろうか。もっと言うなら、教師という仕事にとって悪影響を及ぼすのではないだろうか。僕はそういう危機感のようなものを抱いている。

 ということで、職員室全体を見ていきたい、考えていきたい、という思いを強くしている。それは管理職の仕事でしょう、と感じられる方もいるとは思う。そう思っていてもなかなか職員室は変わらない。一担任の平教師? である僕たちが動いていく必要があるのではないだろうか。もちろん、管理職も動いてもらいたいけど。その手始めにこのザッソウから始めてみるのがいいのではないか、と感じた。

 何だか書評というよりは、僕の考えみたいなものが強く出てしまっている。それだけ、この本に感化されたということだろう。職員室に活気がない、雑談ばかりしていていいのかしら等の思いを抱いている方は是非読んでみてください。きっと背中を押してくれるでしょう。

雑草はなぜそこに生えているのか (ちくまプリマー新書)

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