小さな教室からの挑戦

小さな教室でのささやかな挑戦を書き綴ります。

国連に正対する②

フルインクルージョンを目指して

 国連から要請されている(b)の内容を改めて確認する。

 

  (b) 全ての障害のある児童に対して通常の学校を利用する機会を確保すること。また、通常の学校が障害のある生徒に対しての通学拒否が認められないことを確保するための「非拒否」条項及び政策を策定すること、及び特別学級に関する政府の通知を撤回すること。

 

 ここでは二つの項目が指摘されている。一つが障害のある子どもが地域の学校へ通う機会を保障すること。もう一つが特別支援学級に関する通知についてのこと。この節では、障害のある子どもが地域の学校へ通う機会を保障することについての考えを以下にまとめてみる。

 2012年に中央教育審議会から出された「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」で、「インクルーシブ教育」という言葉が使われるようになった。ここで、障害のある子どももない子どもも「同じ場で共に学ぶことを追求する」という原理が打ち出された。また、これまでに存在してある多様な場―特別支援学校、特別支援学級、通常学級、通級による指導―も、今までのように整備する原理も打ち出された。

 そして、2013年に学校教育法施行令が一部改正された。従来は、就学基準に該当する子どもについては特別支援学校に原則就学するべき、とされていた。しかし本改正により、障害の状態、本人の教育的ニーズ、本人・保護者の意見、教育学、医学、心理学等専門的見地からの意見、学校や地域の状況等を踏まえた総合的な観点から就学先を決定する仕組みに改められた。最終的な判断は教育委員会が行うものとなっているが、留意事項として「保護者の意見については、可能な限りその意向を尊重しなければならないこと」とされている。

 就学に関して本人・保護者の意向を最大限尊重するように変更されたが、学校教育法施行令第 22 条の 3 に規定する障害の程度の子どもが地域の学校に在籍する人数は多くはないように思う。これはあくまでも和僕の感覚ではあるが。

 また、就学指導の現場に居合わせたことはないが、「地域の学校に通いたいなら保護者の付き添いが必要」「地域の学校に通うと思うような支援が受けられないこともあります」等と言われるケースもあるだろう、と想像している。

 インクルーシブ教育を推進するために、学校現場が障害のある子どもに対応していけるようになっていかないといけないのはもちろんである。だからと言って、これは学校現場だけの課題ではない。地域の学校で障害のある子どもが当たり前に通える環境を整えるための具体的な目標、予算、スケジュールを検討する必要がある。これは、国や地方自治体としての教育施策全体の課題だろう。

 

強気な文科省

 さて、もう一つの指摘である「特別支援学級に関する通知の撤回」とは、2022年4月27日「特別支援学級及び通級による指導の適切な運用について(通知)」(以下、通知)のことを指している。

 通知では特別支援学級に在籍している児童生徒については、原則として週の授業時数の半分以上を目安として特別支援学級において児童生徒の一人一人の障害の状態や特性及び心身の発達の段階等に応じた授業を行うこと。」と示されており、「原則として週の授業時数の半分以上を目安」ということが大きな話題となった。

 このような目安を示すことになった理由を文部科学省は以下のような指摘をしている。

 

 文部科学省が令和3年度に一部の自治体を対象に実施した調査において、特別支援学級に在籍する児童生徒が、大半の時間を交流及び共同学習として通常の学級で学び、特別支援学級において障害の状態や特性及び心身の発達の段階等に応じた指導を十分に受けていない事例があることが明らかとなりました。冒頭で述べたとおり、インクルーシブ教育システムの理念の構築においては、障害のある子供と障害のない子供が可能な限り同じ場でともに学ぶことを追求するとともに、一人一人の教育的ニーズに最も的確に応える指導を提供できるよう、多様で柔軟な仕組みを整備することが重要であり、「交流」の側面のみに重点を置いて交流及び共同学習を実施することは適切ではありません。

加えて、同調査においては、一部の自治体において、

特別支援学級において特別の教育課程を編成しているにもかかわらず、自立活動の時間が設けられていない

・個々の児童生徒の状況を踏まえずに、特別支援学級では自立活動に加えて算数(数学)や国語の指導のみを行い、それ以外は通常の学級で学ぶといった、機械的かつ画一的な教育課程の編成が行われている

・「自校通級」、「他校通級」、「巡回指導」といった実施形態がある中で、通級による指導が十分に活用できていない といった事例も散見されました。

 

 つまり、文部科学省特別支援学級において障害の状態や特性及び心身の発達の段階等に応じた指導を十分に受けていないということを危惧したということである。また、文部科学省が示している、就学先決定の具体的なプロセス等について徹底を図るという意味合いもあるだろう。

 この通知が出され各地では戸惑いの声や否定的な声が上がるようになる。そこでの声を大雑把にまとめると「交流及び共同学習の時間を制限することは、インクルーシブの理念に逆行し、障害のある子供の排除につながるのではないか」ということになる。

 そんな声に対して、文部科学省「本通知は特別支援学級で半分以上学ぶ必要のない児童生徒については、通常の学級に在籍を変更することを促すとともに、特別支援学級在籍者の範囲を、そこでの授業が半分以上必要な子供に限ること等を目的としたもので、むしろインクルーシブを推進するものです。」と答えている。

 文部科学省の見解と否定的な声を上げている者の見解は相容れないものがある。それでもどちらもどちらの立場から考えると正しいことを述べているように思う。しかし、国連から通知の撤回を勧告されており、通知に対して否定的な声が大きくなっているように思う。それに対して文部科学省「本通知は、むしろインクルーシブを推進するものであるため、撤回の予定はございません。」と一歩も譲る気配はない。

 

予算削減への思惑

 ここまで通知やそれに対しての否定的な声、またそれに対して文部科学省の答えについてまとめてきた。通知で示されている「特別支援学級に在籍している児童生徒については、原則として週の授業時数の半分以上を目安とする」というものは、僕も特別支援学級担任をするときに知った。

 これは前々からあったものなので、今回の通知で僕の周りに混乱はあまりないように思った。よって、この通知に戸惑いを抱いているのは、もっと極端な授業時数で運営している学校・地域なのでであろう。どこの学校・地域がと示すことはできないが、少なくとも大阪府は当てはまっているのではないだろうか。

 大阪府は地域差があるだろうが、「原学級保障」という取組を行っている。原学級保障について原田ら(2020)は以下のように説明している。

 

 原学級保障は、端的に言えば,障害のある子どもが通常学級で他の児童生徒と共に学ぶことを保  障しようとする実践である。それは、現在、大阪の人権・同和教育で一つの理念として重視される「ともに学び、ともに育つ」教育を具体化する取り組みだと言えよう。「共生・共学」を目指す実践は大阪だけではなく、関東など他地域でも見られたが、「原学級保障」は大阪以外の他府県ではほぼ聞かれない用語であり、大阪独自の実践としての性格が強い。

 

 このような原学級保障の取組を行っている学校では、いわゆる特別支援学級担任が通常学級に入り込んで指導を行っているようだ。また、通常学級内で特別支援学級在籍児童を支援するだけでなく、特別支援学級在籍ではない気になる児童も支援を行う。学校によっては特別支援学級担任が通常学級の教科を受け持つケースもあるようだ。

 原学級保障の取組を行っている地域では、医療機関等での診断がなくとも特別支援学級に入級することのできる所もあるようだ。さらに、年度初めの入級だけでなく、ニーズが認められれば年度途中で入級することのできる場合もあるようだ。

 これだけ見ると、一人ひとりのニーズに応えることのできる制度のように思う。

 しかし、医療機関等での診断を不問にし、一人ひとりのニーズを柔軟に応えることにより疑念が生まれる。その疑念とは特別支援学級に在籍しなくてもよいと思われる子どもも入級している可能性である。他の都道府県や地域では、通級による指導で対応している子どもや入級できない子どもが大阪府では特別支援学級に在籍しているのかもしれない。

 もちろん、医療機関等での診断がないからと言って、特別支援学級に在籍しなくてもよいということではない。原学級保障の取組で行われているように、一人ひとりのニーズや困り感に寄り添うのが理想的である。

 しかしながら、原学級保障の取組を行うことで人件費はかさむことになる。特別支援学級だと児童8名に対し教師が1名ということになる。在籍児童が増えれば教師の数も増えることになる。また、特別支援学級数が増えれば教師の数も増えることになる。

 文部科学省は通知の履行を求めている裏に予算削減への思惑も抱いているのではないだろうか。そんなことを考える通知内容である。

 

野口晃菜(2022) “国連が日本政府に勧告「障害のある子どもにインクルーシブ教育の権利を」”

https://news.yahoo.co.jp/byline/noguchiakina/20220910-00314466

文部科学省(2022)“特別支援学級及び通級による指導の適切な運用について (通知)”

chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.mext.go.jp/content/20220428-mxt_tokubetu01-100002908_1.pdf

文部科学省(2022)“特別支援学級及び通級による指導の適切な運用について(通知)Q&A”

chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.mext.go.jp/content/20221102-mxt_tokubetu02-100002908_1.pdf

原田琢也・濱元伸彦・堀家由妃代・竹内慶至・新谷龍太朗(2020)「日本型インクルーシブ教育への挑戦-大阪の「原学級保障」と特別支援教育の間で生じる葛藤とその超克-」金城学院大学論集 社会科学編、第16号2巻、24-48

 

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