小さな教室からの挑戦

小さな教室でのささやかな挑戦を書き綴ります。

寄り添うということ

 子どもに寄り添いながら指導・支援することの大切さを、よく耳にする。確かに大切なことだな、と思う。

 しかし、この言葉を簡単に使い、実行するというのは難しいことだ、とも思う。
 なぜなら、寄り添うというのは寄り添った他者がどのように感じるか、というものだから。
 つまり、他者評価に委ねられるということ。だから、自分が寄り添っていると思っている他者が、寄り添ってもらいたい、と思っているのかを見極めないといけない。もしかすると、他者は自分の力で乗り切ろう、としているかもしれない。それなのに、勝手に寄り添っても邪魔なだけである。
 そして、もっと言うなら他者が、自分に寄り添ってもらいたい、と思っているかも見極めないといけない。寄り添うということを善いことだ、と思い込んで何も感じずに寄り添っていてはいけない。教師だから、担任だから、ということを振りかざし寄り添ってはいけない。他者が自分に寄り添ってもらいたい、と思えるような存在になっているのか、ということは意識したい。たいてい、他者は「あなたに寄り添ってほしくありません」なんて正面切って言わない(言えない)。だからこそ、このようなことは常に頭に入れておきたい。
 時に自分は子どもに対して寄り添っている、と思えることがある。思うのは自由であるが、寄り添えているかはわからない。むしろ、自分は寄り添えている、と思っている時はたいてい独りよがりになっているのではないだろうか。
 とは言うものの、自己評価はしてはいけない、自己評価はできない、とまでは言わないが、自己評価は当てにならないのではないか、と思っている。でも、自分なりに自己評価をして、次へ進むなりやり方を変えるなりするきっかけを作らないといけない。だから、自己評価というか区切りは、自分なりにでもしないといけない。
 寄り添うという現場で気軽に? 使われる言葉から、このようなことを考えた。ちょっと考えすぎだろうか(苦笑)。